東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)155号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがなく、審決の理由の要点(請求の原因三)2摘示の引用例の記載内容、同3摘示の本願発明と引用例の一致点及び相違点についても当事者間に争いがない。
二 前記本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第二号証(本願発明の公告公報)によれば、(1)本願発明は、建築材料における不燃断熱材やダクト冷蔵庫の保温材等に用いられるガラス発泡体の製造方法に関するものであること、(2)ガラス発泡体の製法としては、一般に、ガラス粉末に発泡剤を添加した原料粉末を成形型に充填し、これを加熱して発泡成形した後、徐冷して製品とする方法(以下、便宜、「粉末焼成法」という。)が採用されており、従来、右のガラス粉末には板ガラス、びんガラスなどのソーダ石灰ガラスが、発泡剤にはカーボン(C)や炭化珪素(SiC)、炭酸カルシウム(CaCo3)の粉末が用いられ、また、右の成形型にはステンレス鋼等の耐熱合金製のものが用いられること、(3)右製法において、発泡成形の温度(加熱温度)が高い場合(約八〇〇℃)には、成形型の強度の著しい低下によりその寿命が短くなつたり、燃料費が増大する等の製造上の欠点があること、(4)そして、従来の発泡剤のうち、炭化珪素や炭酸カルシウムを用いた場合は、ガス発生のための分解温度が八〇〇~九〇〇℃と高く発泡成形もその温度付近の高温域で行わなければならないため、前記のような成形型の強度低下による寿命の短縮等の欠点を避けることができず、他方、カーボンを用いた場合は、ガラスが軟化する以前(約五〇〇℃、なお、成立に争いのない乙第一号証にはカーボンの酸化分解温度が四〇〇℃前後である旨の記載(一八五頁)がある。)にその一部が酸化、消失してしまい、均一な発泡が得られず、これを避けようとすると複雑な工程を余儀なくされる等の欠点があつたこと、(5)そこで、本願発明では、右のような欠点を解消するため、比較的低温(八〇〇℃以下)での加熱により良好な発泡成形をなし得る方法を提供することを目的とし、ドロマイト(MgCO3・CaCO3)を発泡剤とする前示本願発明の要旨のとおりの構成を採用し、右ドロマイト中の炭酸マグネシウム(MgCO3)の分解による二酸化炭素を発泡に寄与させ(この二酸化炭素の寄与の点については当事者間に争いがない。)ることによつて、右目的に相応する作用効果を奏し得たものであることが認められる。
三 取消事由についての判断
1 取消事由(1)について
(一) 前記二認定の事実並びに前示本願発明の要旨及び前掲甲第二号証によれば、本願発明は、ガラス発泡体の製法としては従来の方法と同様、粉末焼成法を採用するものであり、ガラス粉末にソーダガラス又はソーダ石灰ガラスを用いる点でも従来の方法と異なるものではないが、これに添加する発泡剤につき、従来の炭化珪素や炭酸カルシウム等に代えて炭酸マグネシウム(MgCO3)と炭酸カルシウム(CaCO3)を主成分とするドロマイトを採用した点に特徴を有し、そして、右ドロマイトは六五〇~七八〇℃に加熱すると分解して炭酸ガスを発生し、そのガス圧で軟化したガラスを発泡させることにより発泡剤としての働きをするものであることが認められる。しかして、右ドロマイト中の成分の分解温度は、炭酸マグネシウムが七〇〇~七五〇℃、炭酸カルシウムが九〇〇~九五〇℃であることが周知であることは当事者間に争いがなく、また、七〇〇~七八〇℃の加熱で発泡成形するものである本願発明の方法において発泡に寄与するのは、ドロマイトの成分中右温度域において分解する右炭酸マグネシウムからの二酸化炭素であることについても当事者間に争いがないことは前記のとおりである。
(二) これに対し、前示当事者間に争いのない引用例の記載内容及び本願発明との一致点に徴すれば、引用例記載の方法は、本願発明同様、ガラス発泡体の製造方法に関し粉末焼成法を採用し、また発泡剤にドロマイトを用いる点でも本願発明と同様であるが、引用例に「通常のガラスの軟化点は、MgCO3からのCO2がプロセスにあずかるには高温すぎることをこの研究が示している。ドロマイトのCaCO3も分解中に発生したCO2のみが泡形成に寄与する。」との記載があるところからも明らかなように、原料粉末を発泡させるためのガスとしては、ドロマイトの成分中、炭酸カルシウムの分解に伴う二酸化炭素のみを利用することを前提とするものであるのみならず、前記のとおり、本願発明が利用する炭酸マグネシウムの分解に伴う二酸化炭素については、かえつて、その利用は、少なくとも引用例記載の方法によつては、不可能であることを明示するものであることが認められる(なお、右記載部分の意義については当事者間に争いがあるところであるが、右認定の限りでは、右争いは右認定にかかわらない。)。
これによれば、引用例の記載は、分解温度の低い炭酸マグネシウムの分解に伴う二酸化炭素の利用を明確に否定するものであり、これを利用して、前記一に認定したような分解温度の高い発泡剤又は分解温度の低い発泡剤を用いることにより生ずる各種の欠点を回避するという技術的思想を開示しているものということはできないといわざるを得ないから、かかる引用例の記載と対比して、逆に、炭酸マグネシウムの分解に伴う二酸化炭素を利用し、それなるが故に加熱温度を七〇〇~七八〇℃(炭酸カルシウムの分解に伴う二酸化炭素を利用するのであれば、加熱温度が九〇〇~九五〇℃の温度域を含むものでなければならないことは前記当事者間に争いのない事実から明らかなところである。)、加熱時間を少なくとも一時間とした本願発明を容易に推考することができるとした本件審決の判断は誤りというほかない。このように、本願発明の進歩性の判断に当たり、引用例を対比判断の資料に使用し得ないものである以上、取消事由(1)に関する被告の主張は採用することができない。
2 そして、右の判断の誤りは、それのみで審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原告のその余の主張について判断するまでもなく、審決は違法として取り消されるべきである。
四 よつて、原告の本訴請求を認容する。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
ソーダガラスあるいはソーダ石灰ガラスの粉末九〇・五~九八・五重量%とMgCO3・CaCO3を主成分とするドロマイトの粉末一・五~九・五重量%とを配合して一〇〇重量%とした原料粉末を均一に混合したのち、任意の成形型内で七〇〇~七八〇℃に少なくとも一時間加熱して、上記ガラスを溶融すると共に発泡させ、その後冷却して多くの気泡を含有し、嵩密度が〇・二〇~〇・三四g/cm3であるガラス発泡体を製造することを特徴とするガラス発泡体の製造方法。